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悟りの扉

NO.7  完全な顕現


目の前に起こるその出来事は、
宇宙を創造した「(大きな)私」の顕れ。

貴方自身も、私も、彼・彼女も「一切」が悪くない、
訂正や修正する必要も一切ない。

その体験型のアート作品を体感するだけ。



 



不完全さを埋めようとの欠乏感からの「精進・努力」で頑張るのも、
「お門違い・的外れ」なのは同じこと。
それは単なる「機能不全による暴走」のようなもの。

その貴方や私や彼・彼女、その状況・出来事を通じて
「顕現・表現」アートされてるのだから。

その出来事の全てが「完全完璧な神の作品」。






天国も地獄も種類が異なれど、同じ宇宙遊園地でのこと。
それらは対極にあるのではない。
共に「表現・顕現」されたアートでアトラクション。
種類が違うだけ、全てが「顕現・表現アート」のヴァリエーション。
Vibrationの変化形、ただ単に波形が、音が色が温度が香りが違うだけ。

 

 

 

 

エゴ(意識・思考・男性性)vs 真理(神・直感・女性性)でもない。
エゴ意識を受け入れ、その神の表現アートに同化させるだけ。
エゴも大事な「全体の部分」。
無駄なモノは何1つ一切ありません。

その神のアート作品、顕現を体験するには、
エゴ(自我)は不可欠ですから。
貴方(自我)は、そのままの貴方自身でしか、
「貴方」というアート作品の表現は出来ません。

その有りの侭の本音の己を、ありのままに表現・体現して、
この幻想先日世界とあるがままに完全調和をして愉しみ遊ぶ。





全てが完全完璧。
足したり引いたりは、お門違い。

ただ、そのVibrationが顕現してるだけ。
色が種類が「個性豊かで多様」なだけ。

その表現された事象には、悪いモノも一切ありません。
「良い」か「とても良い」しか無いのです。
その悪いも「良い」。全てがアートで作品ですから。
それは単に濃淡のようなもの。

貴方も私も彼・彼女も、あれもこれもが、全てが「とても良い」のです。
善悪を超え包括した「スーパー良い」とでも云えましょうか。

それが愛の顕れ、愛そのもの。


 


 

宇宙を顕現させている正体が「私自身だった」と気付いたのなら、
森羅万象・八百万の神々の姿として、
貴方自身を、そのままに、ありのままに、あるがままに、
この幻現実キャンバスに、演じて表現アートするだけ。
貴方の内(♡)にあるものを外(幻想現実)に顕すのみ。

そのままの貴方を体験(=表現)すると言う事は、
貴方から視えるその景色もまた、そのままの姿が、
神の私のアートを完全完璧に表現しているのです。

 

 

 

その事を受入れる(=体験する)だけ。
人生の手放し運転、川下り、川の流れのように。

この宇宙に顕現する全ては、神の作品故、
その作品への「手直し・修正」は要りません。
(もちろん思考で「それ」がやりたい遊びたいのなら構いませんが)

全てが「既に完全完璧」、それを受け入れ、そのままに体験する。
この神の宇宙アート作品は体験参加型。
俯瞰してるだけでは宇宙遊園地の醍醐味を楽しむ事には成りません。


 

 

 

有りの侭の貴方をそのままに「顕現・体現」し、
起こる現実出来事をあるがままに「受け入れ・体験」し、

時にはお化けの姿で、貴方を驚かす事もあるかもしれませんが、
その際には、思いっきり「ギャー!」っと叫んで、怖れ戦いて、
導かれるままに『楽しみ遊ぶ!』を、
この感覚の世界にて、どうぞ存分に体感されて下さい!shine

 

 

 

 

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J.S. Bach, Chaconne (Violin Partita No. 2 BWV 1004)  Andrés Segovia

 

 

 

 

 



 

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