ホーム > 小学生の頃

小学生の頃

小学生の頃



 小学生の頃の記憶も随分朧げに薄くなってきているが記憶を掘り起こして
綴ってみよう。大阪府枚方市での生活の様子。1年&2年次は金子先生女性
教諭のクラスだった。

まず覚えているのは、トイレで便器に用を足さず(小水)、スプリンクラー
のように撒き散らしたのを、個室に居た同級生に見られて先生にチクられた
事。その時点でと言うか、幼稚園児の時に既に「優等生キャラ」を確立して
いたので、相当本音からズレておりストレスが溜まっていた模様。


 その金子先生時代の思い出が、それ以外思い出せない。3&4年次の担任
は清先生という女性の教諭。インド人のマトゥール・ワルティカちゃんが、
同級生だった。両親は関西外大の先生。何度か彼女のお宅に遊びに行って、
カクレンボして食事もごちそうになった事があったような。

 とても目が澄んで綺麗な子だった。このワルティカちゃんと遊んでいた事
が、その後の人生において、外国人の人達と何の違和感もなく遊べるように
なった事は間違いない。今思い出しても、目が本当に透き通った彼女でした。

 

 

 



 相変わらず「良い子ちゃん」を演じていた大阪時代。しかし愛知県に移住
をきっかけに、その偽りの姿のしわ寄せがジワジワと迫ってきた。

 

 

 

 

 5年生から愛知県西春日井郡の新川町で生活を始めた。住まいの目の前は
神社と寺が同じ敷地内で隣同士に配置された場所だった。小さな境内には、
小さな五重塔も建立されていた。

 

 さて、この新川小学校での生活も記憶からかなり遠のいている。小学校に
も関わらず、中間・期末テストが行われ、大阪でのゆるーい生活から一変、
母が家庭教師状態になり気合いが入り、テスト8枚程のうち、96点が1枚、
残りは100点で、平均99点越えから「ガリ勉」とも呼ばれる様に。

 この頃から、母の呪いとも言える「親の言う事はききなさい」が連発して、
何か発言をすれば「理想だけで口だけは達者」と詰られたモノだ。その母に、
「そう思えば、そう成る」と伝えたのも、この時期だったと思われる。

  

 

 

 

 

 一旦、話は逸れるが、イラン産まれのセルビア人の女性の友人の子供が、
4歳程の女の子だが、母であるその友人に「ねぇママ忘れないでね。人が
死んだら、ハート♡に戻るんだからね!」と、そう教えてくれたらしい。

 子供達は「知っている」んです。もちろん私達自身も知っていますよ。
しかし忘れてしまっていると言うか、思考エゴ自我のベールで覆い隠され
ている状態が長かったのです。

 因にその友人のお母様は、イランでUFOに遭遇しているとの事。UFOも、
未確認飛行物体と定義しているからオカルトちっくなだけであって、地球史
をちゃんと辿れば、私達地球人が、DNA操作で「創造された」事は、明確。
何事も自分自身で確認していけばいいだけの事。

 私達、地球人は、そもそもこの宇宙に生息しているので、宇宙人ですが、
地球外のヒューマノイド人間種だけでなく、他の種族の宇宙人のDNAも含み
私が知る限り22種、地球人には混血のようにDNAは混ざっています。

 
リンクのページに地球史や人間史についても、リンク先を紹介しています。

 

 

   

 

   CIMG0800.JPGのサムネール画像 
                  Sedona Arizona USA 2012 photo by daisuke

 

 

 

 

 

 この愛知県に移った頃には、既に「大人は信用出来ない」と既に思い込み
が始まっていたようだ。5年次、6年次の担任の犬飼先生に対してもどこか
開放していない、信用していない、緊張感を持っていた。1組だったが、隣
の2組の難波先生に関しては、言葉と本音のギャップさにもう完全に警戒を。

 その大人達の姿も、自分自身の思考エゴの暴走、つまり抑圧感情の反映で
映し出された世界だったのですがね。
その信用出来ないと「判断」した彼ら
の大人達の言葉は、その理不尽な言葉は実は、
自分自身♡からの言葉だった
のです。
当時はサッパリ解っていませんでした。

  つまり自分自身を大切に取り扱ってなかったので「本音本心」を表現して
いなかったので、それに対し『本当の自分自身/本体』から警告メッセージ
として、アクシデントや、理不尽な体験として、発せられていた訳です。

 現実世界は、己自身の心♡ハートが映写機となり、映し出される幻世界。
現実に起きる出来事、その体験とは、己の心♡そのもの。つまり、映し出さ
れた世界とは、全て「私」だったのです。






 5〜6年の担任だった犬飼先生。何やら滝中学の受験を親に薦めたらしい
が、母は呆気無くスルー。私学に通う程経済的に余裕が無かったのもある。
洋服類も自分用に買って貰えた事は殆どない。母が学生時代からのめり込ん
でいた登山用ウェアに至っては、姉からのお下がり。
 
 冬山シーズンでは、ぱっと見姉妹2人となる。すれ違う登山者に『可愛い
お嬢ちゃん』と言われる始末。自尊心が砕け散る。しかし、本音を言えない。
親に逆らえない。提言しても『我慢しなさい』でいつも却下だったから。





 お年玉。親戚から頂いたお年玉は「貯金するから」と見事に没収。この
経済観念が、自分自身のその後に、呪いのように染み付いてしまった。

 

 

 

 

 小学6年の夏から部活のブラスバンドを止めた。当時は部長をしてたが、
トランペットの岸本君に後を継いで貰って、ピアノに専念する事に。近所
のピアノ教室から、名古屋市内の音楽学校へ切り替える事に。

 その時、チェルニー30番も未だ終えてない状態。



 

 

 

 

 何がショックだったかって、自宅に友達が遊びにきた時、練習してない
ので、門先で談笑していたら、母が玄関から『電話掛かってきた』と言い、
家の中へ連れ戻すも、その電話は、出鱈目の嘘。 

 幼少の頃から仕付けと言う名の暴力コントロールは日常茶飯事だったが
嘘っぱちコントロールも、段々エスカレートしてくる。

 その一方で、嘘をつくなと仰るし、親の言う事は聞きなさいの支配台詞
は相変わらず。

 

 

 

 今となっては、全部笑い話だけれど、当時はもの凄くシリアスでしたね。
赤ん坊の様に、嫌なモンは嫌とばかりに、泣き喚く事を素直に出来てれば、
なーんの問題も無かった訳ですがね。




 


 そんな嘘つき大人は信用ならない!と、完全にそう思い込んでいたので
小学校の卒業式の日、担任の犬飼先生から一緒に写真撮ろうか?と仰られ
ても「いいです」と辞退したのでした。

 心♡が映し出す現実世界、つまりその現実を許せなかった。つまり投影
元の、自分自身の心♡感情体験を、受入れる事が赦す事が出来ずに、拒否
し続けていたのですね。




 虐められている自覚も最初はなく。自分の黒ランドセル内側がカッターで
切り刻まれ砂まみれにされていた事も。でもよく覚えているのは心の不感症
だったから、特別感情を覚えていなかった事。

 廊下で通りすがりに、みぞおちに一発ヒット殴られ、その場に倒れ込んで
しまった事も。しかし肥った子だというだけで、殴った相手の顔は解らない。
その後、似た体型の3組の梅津君を恨んでいたが、気だての良い彼ではなく、
上級生だった事が、中学に進学してから判明。

 虐めッ子も、虐められッ子も、凹凸が噛合ってるだけなんですね。互いに
心♡に素直でない、その孤独感が、互いを引き寄せ合っている。相手とは、
自分自身の姿そのもの。心♡が投影する現実世界、世界には私しか居ません。

 

 

 

 

 この抑圧感情MAXのままで、中学へと進学する流れに。

 

 

 

 

 

   CIMG0807.JPGのサムネール画像 
                      Sedona Arizona USA 2012 photo by daisuke



 

 

                    プロフィールTOP

 

 


 

PAGE TOP